庄原市を走る芸備線

庄原市の人口減少で近隣都市との関係はどう変わっていくのか

庄原市って、なんとなく広島県の中でも遠いイメージがある。
廿日市に住んでると、そっちの方向に行く理由ってなかなか出てこない。

でも、あえて行ってみた。庄原市の人口減少ってよく聞くけど、実際その「減り方」は町にどう出てるのか。
そして、近くの三次市とか広島市とかとのつながりって今どうなってるんだろう、って。

土曜の朝、広島道を使って車で2時間弱。
庄原インターを降りてすぐに「空が広いな」って思った。道も広いけど、やたら静か。
国道183号線沿い、ゆめタウン庄原の駐車場は半分くらいしか埋まってなかった。
時間は11時過ぎ。廿日市のゆめタウンなら、土曜のこの時間はごった返してる。

「人口減ってる町って、こうなるのか」
って、そのとき初めて実感した。


静かな夕方と、にぎやかな朝

同じ日の夕方。6時半すぎに市街地を通ったら、街灯は点いてるのに歩いてる人はほとんどいない。
備後庄原駅前もがらんとしていて、ロータリーにタクシーがぽつんと一台。
飲食店の灯りはついてるのに、入っていく人がいない。

一方で、翌朝10時前に西本町のジョイフルながえに行ったら、軽トラと作業服の人がモーニング中。
駐車場もそこそこ埋まってたし、店内は年配のお客さんが多かった。
つまり、昼間の生活の匂いはちゃんとある。でも夕方から夜にかけて、一気に静まり返る。

人口の減少は、グラフだけじゃ分からない。時間帯で空気が変わる。
庄原市は、いま約3万2千人。昔は8万人近くいた。もうすぐ2万人台に入るって言われてる。(庄原市の最新人口


生活圏がじわっと三次市に吸われてる

庄原市内で買い物しようと思ったら、ゆめタウンくらいしか選択肢がない。
でもそれだとちょっと足りない。だからみんな、車で30分の三次市まで出る。

国道183号を南に下ればサングリーン三次やイオン三次。
日用品から洋服、ゲームコーナーまで何でもある。
実際、三次の大型店の駐車場を見ると、庄原ナンバーの車がけっこう多い。

病院もそう。庄原市民病院はあるけど、検査や専門外来が必要なら三次の総合病院、さらに言えば広島市内まで出ることもある。
庄原インターから中国道を通って広島市の安佐南区あたりまで1時間ちょっと。
高齢者は大変だと思うけど、車を運転できる世代なら普通にその距離を移動する。

ただ問題は、バスの本数が少ないこと。
平日でも1時間に1本あるかないかの路線がほとんどで、時間の自由がきかない。
高齢化が進んでいるのに、公共交通が弱い。
このギャップ、今後もっと目立ってくると思う。


南さつま市や稲美町と比べて見えてきたこと

庄原と人口が同じくらいの町として、鹿児島県の南さつま市と兵庫県の稲美町がある。
どっちも3万人ちょっとの町だけど、立ち位置がまったく違う。

南さつま市は鹿児島市のすぐ南側。車で1時間圏内。
観光客も多くて、道の駅きんぽう木花館とかは週末になるとけっこう賑わってる。
つまり、「来る人」がいる町。(南さつま市の人口減少について

稲美町はもっと都会寄り。神戸市や明石市の通勤圏内で、住宅地と田畑が混ざった典型的な郊外。
子育て世代も多くて、日曜の午後になると公園に家族連れがわんさかいる。
生活の中心は都市部だけど、住む場所としての「余白」がある町。

庄原は、このどちらでもない。
山間部で、観光地もあるけどアクセスがいいとは言えない。
広島市からは遠くて、若い世代がUターンして戻ってくるケースも多くはない。
じゃあどうやってこの町を維持していくのか。今、分かれ道に立ってるように感じる。


3つの未来シナリオを考えてみた

① 三次市との二都市生活圏モデル
もういっそ、庄原市と三次市をひとつの生活圏と見て、役割分担をはっきりさせる。
教育と医療と買い物は三次。庄原は自然と静けさと観光。
住む場所は庄原、働く場所は三次、みたいなスタイルがもっと定着するかも。

② 中国山地エリアとして連携するモデル
庄原市、新見市、奥出雲町、日南町など、県境を超えて連携。
比婆山や帝釈峡を軸に、観光や農山村体験をエリア全体で盛り上げる。
人口よりも「来る人の数」で町の活力を保つ考え方。

③ 関係人口で支えるモデル
都市部に住む人が、年に何回か庄原に通う。
夏休みの親子合宿、大学ゼミのフィールド調査、ワーケーション。
「住んでいないけど何度も来る人」を増やすことで、町の薄さをカバーする。

この3つ、たぶんどれかひとつでは足りない。組み合わせていくことになると思う。
そしてその中で、「庄原に何ができて、何ができないか」をはっきりさせることが大事になってくる。


廿日市から見ると「遠いけど行く価値ある町」

正直、庄原は近くはない。
中国道をずっと走って2時間近く。
でも、静かな空気とか、のんびりした店の感じとか、忙しない都市部では得られないものがある。

庄原市の人口はこのまま減っていくかもしれない。
でも、「訪れる町」としてのポテンシャルは、まだ全然掘り起こせてない気がする。
関係性の変化って、人口の問題だけじゃなく、
「どんな人が、どんな頻度で、どう関わるか」ってことなんじゃないかと思う。

なので、また行くつもり。次は春の帝釈峡あたりに。
庄原の変化は、よそ者がときどき見に行ってこそ、ちゃんと記録できる気がしている。