国道2号から見える三原市の人口感覚
広島市から東に向かって国道2号を走る。
河内インターを過ぎて、高屋ジャンクションを抜けると、山の感じがだんだん薄くなって海が近づいてくる。
バイパスを降りて市街地に下りた瞬間、左側にいきなりイオン三原店が現れる。白い建物と立体駐車場。その先には三原駅へ上がっていく陸橋。
ここを通るのは、土曜の夕方16時とか17時が多い。
立体駐車場を見ると、車はびっしり。
でも、城町交差点で赤信号につかまって歩道を眺めると、人は少ない。
いるにはいるけれど、駐車場の台数から期待するほどはいない。
そのまま東へ進んで、円一町のフジグラン三原前。並木通りの信号でまた止まる。
ここも車列はそれなりに長い。駐車場も埋まっている。
なのに歩道には、高校生が数人とベビーカーを押す親子が一組。犬の散歩が一人。そんな程度。
同じ県内でも、廿日市市でゆめタウン廿日市の前を通るときや、広島市西区でアルパークの周りを走るときは、車も人もごちゃっとしている。
それと比べると、三原市は建物のサイズの割に人が少ない。空気が薄い。
ここに「三原市の人口って今どれくらいなんだ」という疑問が湧く。
見た目のにぎわいと人口データが、ちゃんとつながっているのか。
三原市の人口は今どれくらい減ってきたか
三原市の統計を追っていくと、ざっくりこんな感じになる。
今
だいたい8万6000人台
ピーク
1985年前後に11万人ちょっと
30年で2万人以上減っていることになる。
グラフにすると、ジェットコースターみたいな急降下ではない。
ただ、ずっと続いている下り坂。ゆっくりだけど確実に下がり続けている線。
減り方の中身をかみ砕くと
- 生まれる子どもより亡くなる人がかなり多い
- 転入と転出の差は、年によってはプラスもあるが、自然減を埋めるほどではない
要するに、自然減がメインエンジンで人口が減っている。
年齢構成を見ると、65歳以上の割合が3割を超えている。
75歳以上もじわじわ増えている。
ざっくり言えば、現役世代1人から1人半くらいで、高齢者1人を支えるバランスに近づいている。
これを頭に入れたまま、夕方18時ごろの三原駅南口に立つと、風景の見え方が変わる。
ロータリーには福山市行きのバスや尾道市方面へ向かうバス、広島空港行きのリムジンバスが並んでいる。
バスの本数だけ見れば、それなりの拠点駅だ。
でもバス停付近に立っている人は、思ったより少ない。
スーツ姿が数人、高校生が数人、自転車を押して歩いている人が少し。
「人口8万人台の市の玄関って、こんな感じなのか」と、正直ちょっと拍子抜けした。
朝の須波港もそうだ。
7時台のフェリーに乗り込んでいく中学生、高校生、作業服のおじさんたち。
あの光景には、数字では測れない生活の重さがある。
ただ、その人数の総和が、昔より確実に減っているのも事実だろうな、と思ってしまう。
将来推計を見ると、今の傾きのまま進んだ場合、2070年ごろには3万台後半まで減るシナリオが出ている。
11万から3万台。
街のサイズがまるごと入れ替わるレベルだ。
もちろん、これはあくまで「今の傾きが続いたら」という仮の線。
社会増が伸びればカーブは緩くなるし、逆に転出が増えればもっときつくなる。
だからこそ今、どこで曲げるのかという話になる。(三原市の最新人口)
福山市 尾道市 和光市 あま市と比べて見えたこと
三原市の人口を、単体で眺めてもピンと来にくいので、周りと比べてみる。
広島県全体の人口表をざっと見ると
- 福山市 約45万人
- 呉市 約20万人
- 東広島市 約19万人
- 尾道市 約12万人台
- 廿日市市 約11万人台
- 三原市 約8万6000人台
三原市は、完全に中位グループだ。
福山市や広島市ほどの存在感はない。
かといって、竹原市や世羅町ほど小さいわけでもない。
国道2号で走っていると、三原市に入った時点で「町」にはなるが、福山市街に近づいたときのあの圧はやっぱり別格だ。
店の量も、道路の車の量も、明らかに違う。(福山市の人口構成)
もう少し視野を広げてみる。
人口規模が三原市とかなり近い市が、埼玉県和光市と愛知県あま市だ。
和光市は8万4000人台。
東京のベッドタウンで、東武東上線と地下鉄が通っている。
池袋や新宿にすぐ出られる立地で、毎朝7時台のホームは人で埋まっているはずだ。
人口はここ数年、少しずつ増えている。自然減があっても、若い世代の転入がそれ以上にある。
あま市は8万8000人台。
名古屋市の西側にある住宅都市で、名鉄で名古屋駅まで通える。
やはり転入がそこそこあって、総人口はほぼ横ばいか、ほんの少し下振れする程度になっている。
数字だけ切り出すと
- 三原市 約8万6000人
- 和光市 約8万4000人
- あま市 約8万8000人
三つとも、同じ8万人台の市だ。
ただ、街の意味はまったく違う。
和光市とあま市は、完全に「大都市圏の一部」として機能している。
朝の駅や交差点の混み方を想像すると、人口の増え方にも納得がいく。
三原市はどうか。
広島空港がすぐそばにあって、新幹線が止まる三原駅があって、山陽自動車道の本郷インターチェンジもある。
紙の上で見ると、交通条件だけならかなり強い。
それなのに、人口グラフは和光市やあま市と真逆。
三原市だけが、はっきり右肩下がりになっている。
ここに、どうしてもモヤモヤが残る。
自分の中で一番引っかかっているのは、「通勤通学圏としての一体感」がどれくらいあるのかという点だ。
廿日市市だと、朝の山陽本線は広島駅方面に行く人でパンパンだ。
廿日市市は、ほとんど広島市の外側の一部という感覚がある。
三原市はどうか。
朝7時台に三原駅から福山市や広島市方面へ向かう人が、どれくらいいるのか。
正直なところ、まだはっきりイメージできていない。
感じとしては
福山市ほどの「吸い寄せる力」もなく、和光市やあま市のように「大都市圏に飲み込まれている」わけでもない。
その中間あたりに、三原市がふわっと宙づりになっているような印象がある。
この宙ぶらりんな感じこそが、三原市の人口グラフにそのまま映り込んでいるのではないか。
そんなことを考えてしまう。
三原市の人口から考える三つの未来シナリオ
ここからは完全に、個人的な未来予測だ。
行政計画でも学術論文でもなく、国道2号を走りながらぼんやり考えたイメージの話として読んでほしい。
三原市のこれからを、あえて三つのシナリオに分けてみる。
交通ハブとして踏ん張る三原市
一つ目は、交通結節点としての役割を徹底的に強くするルート。
広島空港
三原駅
本郷インター
三原港
須波港
これを組み合わせて、瀬戸内を動く人と物の乗り換えポイントに振り切る。
大阪や東京から飛行機で広島空港に到着して、空港リムジンで三原駅へ。
三原市内のホテルに1泊して、翌朝は三原港や須波港から島へ渡る。
そんな動線をわざと楽しみに来る人を増やしていく。
リモートワークが普通になった今なら、月の半分を三原市で仕事しながら過ごすという暮らし方も、完全な夢物語ではないのかもしれない。
このシナリオだと、人口が和光市やあま市のように増えていく未来までは見えにくい。
ただ、転入がわずかに増えれば、今よりは緩やかな右肩下がりにできるかもしれない。
「減るけれど、生活はそんなに悪くない」を目指す路線だ。
多拠点でしのぐ三原市
二つ目は、四つの地域の役割分担をはっきりさせる流れ。
旧三原地区
本郷地区
久井地区
大和地区
中心の三原地区は、病院と商業と行政と住宅を集めた生活のベース。
本郷地区は、空港とインターと工業団地で、仕事のベース。
久井地区と大和地区は、農業、林業、キャンプ、サイクリング、果物狩りのような「通うための田舎」。
広島市や福山市に住んでいる人が、金曜の夜に久井地区のキャンプ場に入り、日曜の昼に下りてきて、フジグラン三原で買い物して帰る。
そんな週末が増えていけば、住民票の数ほどには、人の気配は減らない。
人口統計の線は下がっていても、三原市に関わる人の総数はそこまで減らない。
そういう形を目指すシナリオだ。
覚悟を決めてコンパクトに縮む三原市
三つ目は、人口が本当に3万台後半くらいまで減る前提で、その代わり街の形を作り替えるルート。
この場合、学校も病院もバス路線も、今の形では残せない。
どこかの段階で統廃合や集約を進めて、城町から港町、円一町周辺までに生活機能を寄せていくことになる。
聞こえは暗い話だが、やり方次第では意外と悪くないかもしれない。
イオン三原店
フジグラン三原
三原駅前
この三角形の中に住む人を増やせれば、車がなくても暮らせる生活圏がつくれる。
朝は駅前のパン屋でモーニングを食べ、歩いて職場に行き、昼休みに市役所で手続きを済ませる。
夕方はそのままスーパーで買い物をして、歩いて帰る。
そんな生活が現実にできるなら、人口3万台の街でも「案外いい」と感じる人はいるはずだ。
郊外に空いた土地には、太陽光パネル、市民農園、簡易なキャンプサイト、ドッグラン。
今とは違う使われ方が増えていくかもしれない。
須波港のあたりも、通勤通学の港から、夕方にふらっと海を見に行く場所に少しずつ変わっていくかもしれない。
おわりに 三原市の人口グラフは他人事ではない
三原市がこの先どのシナリオに寄っていくのか。
それは市役所の計画だけで決まる話ではないと思う。
福山市や尾道市との距離感
広島空港や三原港の使われ方
和光市やあま市のような通勤都市との差
そして、一人ひとりの「どこに住んで、どこに通うか」という選択
そういうものが何年も積み重なって、人口グラフの線になっていくはずだ。
廿日市市で暮らしている自分から見ると、三原市は正直「福山市へ行く途中で通り過ぎる場所」になりがちだった。
でも、国道2号から見えるイオン三原店の駐車場や、三原駅前の静かな歩道、須波港の朝のフェリーを思い出しながら人口グラフを見ると、そんな雑な扱いをしている場合じゃないな、という気持ちになる。
三原市の人口の話を書きながら、結局は自分の住む廿日市市の未来も重ねて考えていた。
どの街も、今のグラフが運命ではなくて、いくつかのシナリオのあいだでまだ揺れている。
その揺れの中で、どの線を選ぶのか。
三原市の人口データは、その問いを静かに突きつけてきているように思う。